MBTIが好きな人と嫌いな人
「mbtiが流行りすぎて社会に悪影響だ」「アルファベット4文字だけで人を決めつけるな」
そのように言われるようになるほど、私たちにとってmbtiが身近になった。
広まっているからこそ、それに反対する主張が出てくることは当然だ。
ある程度、「思考力がある人」と思われたい未熟な私は、時代の価値観に問いを投げかけるような、批判的な態度を持てる人に憧れる。
達観してものを見れる人はかっこいい。私もそうなりたい。
しかし私は今、MBTIに夢中だ。ついついMBTIについて調べてしまうし、話したくなってしまう。
初めてMBTIの存在を知ってからかれこれ6年、常にMBTIに興味を持ってきた。一度はMBTIを避けようとしていた時期もあったが、やはり気になってしまう自分がいた。
なので、今回はそんな自分を潔く受け入れて、なぜ人は(特に私は)MBTIが好きなのか、そして、なぜMBTIを嫌う人がいるのか、ということについて考えてみた。
答えはすぐに出た。
私がMBTIについての話題が好きなのは、私が人の性格について知ることが好きだから。
MBTIを楽しんでいる人の多くはそうだろう。自分の周りにはどんな人がいるのか、最近出会ったあの人はどんな性格をしているのだろうか、そのようなことを知ることがとても楽しいのだ。
対して、MBTIにあまり興味を示さない、もしくは嫌っている人たちは、おそらく、人の性格について考えることにあまり興味がないのではないだろうかと考えている。
このようなことを仮定して、MBTI好きとMBTI嫌い・無関心の違いについて、もう少し掘り下げて考えてみた。
MBTIに興味がない人は、人と接する時、相手の性格など改めて意識しない。
実際に接して、関わってみて、自分が感じた相手が相手。それだけのことだと考えているのではないだろうか。
だから、MBTIの流行渦では、直接的な交流以外の外部情報によって自分を判断されたり、決めつけられることに対して嫌悪感を抱く。
対して、MBTIが好きな人は、根本的に人の性格に関心がある。
少なくとも私は、自分や他者の性格を知ってからその先、分析することにまで楽しさを感じてしまう人間だ。
「相手はどんな人なのか」「自分の周りにはどんな人がいるのか」
自分が今まで見えていなかった部分まで知りたいと思う。そして、自分との共通点や、相違点を楽しむ。
私は始めに書いたとおり、MBTIの流行に対して批判的な主張を持てる人に憧れる。
MBTIについて気持ちが盛り上がる自分とは対照的で、とても冷静な意見のように感じるから。
そのような意見が言える人は、メタ認知能力が高そうだ。
たかが一診断にワーワーキャーキャー言う私たちのことを見下す人もいるだろう。それにはちょっと悔しさを感じたりもするのだが…
まぁそんなことは一度置いておいても、MBTIに対して嫌い、もしくは無関心な態度が正しいと言うのは何かが違う気がする。
本当に批判的な意見を持てる人だけが能力のある人なのだろうか。私は、このような図を考えた。

縦軸は、メタ認知能力。横軸は、MBTIを好きかそうでないかを表す。
メタ認知力とは、「思考や感情、行動を客観的に見ることができる能力」のことだ。
それぞれのスペースに番号を振り分けてみた。
①メタ認知の視点からMBTIの危うさを捉えている
②メタ認知の視点から、MBTIというラベリングゲームにあえて乗っかっている。
③メタ認知を欠いたまま、ただ主観的な嫌悪感でMBTIを拒絶している。
④メタ認知を欠いたまま、MBTIという物差しに支配されている。
つまり、私が考えたのは、MBTIが好きな人の中には客観的に冷静な視点を持っている人もいるし、MBTIが嫌いな人の中にも、主観でただただ批判している人もいる、ということだ。
私が憧れていたのは、「世間の流れに批判的な意見を持てる人」よりも、「メタ認知能力が高く冷静にものを見れる人」と言った方が的確なのかもしれない。
私は、人の性格について知ったり考えたりすることがすごく好きだ。なので、右側に位置しているだろう。
これまでは、その中でも④に分類されていた。MBTIの相性にかなり期待を抱いていた自覚がある。(画像参照↓)

しかし、ここ数年で少しずつメタ認知能力が身につき、
「MBTIが全てではない」「同じMBTIだからといって双方が自分と近い友達になるとは限らない」
ということを考えられるようになった。
なので、ちょうど②と④の境目まで上がってこれたのではないかと思っている。
また、「自分はまだメタ認知力に欠ける」ということを自認していることは、客観的に自分の位置を把握しているということになり、これまたメタ認知能力を高められている状態だと思いたい。(切実)
ということで私は、ココらへんにいるとしよう。

「MBTIだけで自分の性格が決められてたまるか」という意見がある。
確かにそうだ。MBTIが好きな私だって、MBTIを理由に友人の友達リストから除外されるのは納得できない。
MBTIを好まない人達は、私以上にそこに対する嫌悪感があるのだろう。
反論をするつもりはないが、それに対して一つ思ったことがある。それは
「MBTIが、良い判断に使われる機会も確実に増えた」
ということだ。
今までなら、実際に接した印象だけでは関係を深めたいと思わなかったような人にも、興味を持ったり、その人の振る舞いを受け入れる姿勢が持てるようになった。
悪い決めつけを懸念する気持ちもわかるが、実際、良い決めつけも存在すると、自分の経験を振り返って思った。
まあ、何事もバランスなのかもしれない。バランス感覚のある大人になりたいものだ。
MBTIが好きな人の中には、MBTIにこだわらない人もいる。(挙手(^-^)/)
私は他の性格診断にもめちゃめちゃ興味がある。特に、性格診断の中ではもっとも信頼性が高いと言われているビッグファイブや、ストレングスファインダーなど。
性格診断はなんでも好きだ。なんなら、より信憑性の高いものを好む。「ビッグファイブ診断流行ってくれ!!」と内心思っている。
ただMBTIの方が、タイプ分類をするという診断特性上、他の性格診断よりも共感しやすくエンタメとして受け入れやすいことで大きなブームとなった。
性格について調べたり話したりしたい私にとって、認知度の高いMBTIを引用する方が共有できる感覚が多く、より簡単には自分や人の内面についてコミュニケーションをとることができるのだ。
※ビッグファイブ診断に興味がある人はやってみてね→https://bigfive-test.com/ja
と、以上のことを考えてみた。
私は正直、恥ずかしながら、ストレスが溜まっている時や疲れやすい時期はMBTIに頼りたくなったり、過剰に期待したりする。
この記事を書いているときも、どちらかと言うとかなり自分の中でMBTIが盛り上がっていた時だった。
だけど、この記事を書いてみて、改めて自分がMBTIをどのくらい主観視していて、どのくらい客観視しているかを見つめ直すことができた。
すごく冷静になれた気がする。
このように、のめり込みすぎないよう定期的に考え直したり、たまには距離を置きながら、程よく性格診断楽しんでいきたいと思う。
もっとメタ認知能力あげよ。以上。
